
AI時代に求められる本当の学力とは

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「将来の夢はある?」
そう聞かれた子どもが、少し考えて答えます。
「…別にないです。」
「好きなことは?」
「特にありません。」
「将来やりたいことは?」
「まだわかりません。」
もちろん、それだけで問題だとは思いません。
子どもですから、まだ見つかっていないこともたくさんあります。
しかし近年、このようなやり取りが以前より増えているように感じています。
勉強ができないわけではありません。
知識がないわけでもありません。
むしろ、多くの子どもたちはたくさんの知識を持っています。
それなのに、自分の考えや気持ちを言葉にすることが苦手になっている。
私はそこに、現代教育が抱える大きな課題があると感じています。
個性とは「特別な才能」ではない

「個性を大切にしましょう。」
私たちはよくそう言います。
しかし、そもそも個性とは何なのでしょうか。
スポーツが得意なこと。
絵が上手なこと。
勉強ができること。
もちろんそれらも個性の一部かもしれません。
しかし私は、個性とはもっと本質的なものだと思っています。
個性とは、
「私はこう思う」
を持っていることです。
そして、
「なぜそう思うのか」
を自分の言葉で説明できることです。
同じ出来事を見ても、人によって感じ方は違います。
同じ本を読んでも、心に残る部分は違います。
その違いこそが個性です。
ところが最近は、その違いを表現できない子どもたちが増えています。
頭の中に、何もないわけではありません。
ただ、それを言葉にする機会が少ないんです。
だから私は、個性を育てるカギは「言語化力」にあると考えています。
言葉にならない個性は、自分でも気づけません。
周囲にも伝わりません。
言葉になった瞬間に初めて、その人らしさは輪郭を持ち始めるんです。
なぜ今、個性が必要なのか

少し前までは、知識をたくさん持っている人が評価される時代でした。
良い学校に入り、良い会社に入り、決められたレールの上を進んでいけば、ある程度将来が見通せた時代です。
しかし今は違います。
AIが、膨大な知識を持つ時代になりました。
検索すれば、答えはすぐに見つかります。
これから先、多くの仕事はAIやテクノロジーによって代替されていくでしょう。
そんな時代に価値を持つのは何でしょうか。
それは、
「あなたはどう考えるのか」
です。
同じ情報を見ても、人によって解釈は違います。
同じ問題に向き合っても、人によって発想は違います。
その違いが価値になる時代が始まっています。
だから個性は、あったら良いものではありません。
これからの時代を生きるために必要な力なんです。
もし個性を育てることができなければ、どうなるでしょうか。
進路を選ぶときも、
仕事を選ぶときも、
人生の大切な選択をするときも、
基準が自分の中にありません。
周囲の意見に流される。
世間の空気に流される。
正解を探し続ける。
しかし本来、人生に唯一の正解はありません。
だからこそ、
「私はこう考える」
という軸が必要なんです。
個性とは、自分の人生のハンドルを握る力でもあるのです。
なぜ個性は育ちにくくなっているのか

では、なぜ今の子どもたちは個性を表現しにくくなっているのでしょうか。
それは、社会全体が変化してきていることが一因です。
まず、学校には学校の役割があります。
それは、多くの子どもたちに公平な教育を提供することです。
そのためには、限られた時間の中で授業を進めなければなりません。
一人ひとりの考えを深く掘り下げる時間には、どうしても限界があります。
これは学校が悪いわけではありません。
役割の違いなんです。

家庭も同じです。
保護者の皆さんは、子どもの話を聞いてあげたいと思っています。
もっと向き合いたいと思っています。
しかし、現実的には仕事があります。
家事があります。
忙しい毎日の中で、ゆっくり会話する時間を確保することは簡単ではありません。
これも誰かが悪いわけではありません。
社会全体の変化なんです。

スポーツチームや習い事にも、大切な役割があります。
技術を高める。
協調性を学ぶ。
努力する力を身につける。
どれも素晴らしい経験です。
しかし、それらの場の主な目的は競技力や技術力の向上です。
「自分は何を考えているのか」
「なぜそう感じるのか」
を継続的に言語化することが中心テーマではありません。
だからこそ今、子どもたちの言葉を育てる場所が必要になっているのです。
翔優館が育てているもの

私ども翔優館が目指しているのは、単なる成績向上ではありません。
もちろん成績は大切です。
受験も大切です。
しかし、それ以上に大切にしていることがあります。
それは、自分で考え、自分の言葉で語り、自分の力で前へ進む力が育つことです。
例えば、生徒から
「先生、わかりません」
という質問があったとします。
そのとき私たちは、すぐに答えを教えることを最優先にはしません。
まず、
「どこまではわかった?」
と聞きます。
そして、
「どう考えた?」
と尋ねます。
さらに、
「なぜそう思ったの?」
と対話を重ねます。
答えを教えることは簡単です。
しかし、それでは子どもの中にある考える力は育ちません。
教育とは、自転車の補助輪を外していく作業によく似ています。
支えることも必要です。
見守ることも必要です。
そして何より、子ども自身の力で走り出せるようにすることがもっと大切なんです。

翔優館では、上記に挙げたような対話を日々積み重ねています。
私たちが本当に育てたいのは、点数だけではありません。
言語化力です。
自走力です。
そして、その子だけが持つ個性です。
ある生徒に、田口くんという子がいました。
彼は好奇心が旺盛で、疑問に思ったことをそのままにしないタイプでした。
わからないことがあれば質問する。
納得するまで考える。
自分なりの答えを探そうとする。
そんな姿勢を持っていました。
私たちは、その探究心を大切に育てました。
すると彼は、誰かにやらされるのではなく、自ら学ぶようになっていったんです。
結果として学力も伸びました。
進学も実現しました。
しかし本当に価値があったのは、その結果ではありません。
自分で考える力が育ったことです。
自分で学び続ける力が身についたことです。
なぜなら、それこそが人生を支える土台になるからです。
子どもたちの未来のために

これからの時代は、ますます変化が激しくなります。
今ある仕事がなくなるかもしれません。
新しい仕事が生まれるかこともあるでしょう。
また、正解がすぐに変わる時代です。
そんな未来を生きる子どもたちに必要なのは、
知識だけではありません。
偏差値だけでもありません。
自分で考える力。
自分で選ぶ力。
自分の言葉で伝える力です。
そして、その土台になるのが個性です。
個性とは、生まれつき持っている特別な才能ではありません。
誰もが持っている、自分らしさです。
その自分らしさを言葉にできたとき、人は初めて自分の人生を歩き始めます。
だから私たちは今日も、勉強を教えるだけではなく、子どもたちの言葉を育てています。
私たちは、言葉のその先にある未来を信じています。

