
自分を持つ子は、なぜ伸びるのか。
教えるより、気づかせる。
翔優館が考える、本当に伸びる子の育て方
「個性のある子」と聞くと、皆さんはどのような子を思い浮かべるでしょうか。
自分の考えをはっきり言える子。
周りとは少し違うことをする子。
先生や大人の言うことにも、疑問を感じたら自分の意見を伝えられる子。
このような子を「個性的」と感じる方もいるでしょう。
一方で、自己主張が強すぎると「それは個性ではなく、ただのわがままなのではないか」と思われることもあります。
では、「個性」と「わがまま」は、どこが違うのでしょうか。
私(塾長 秋間)は長年、塾の現場で多くの子どもたちを見てきました。
その経験から考えると、ひとつの違いは、その子の中に「軸」があるかどうかだと思います。
そして、自分の中に軸を持つことは、勉強の成績だけでなく、その後の生き方にも深く関係しているように感じています。
自己主張が強い子だけが「自分を持っている子」ではない

自分を持っている子というと、積極的に発言したり、先生に自分の意見を伝えたりする子をイメージするかもしれません。
確かに、そのような子は目立ちます。
先生に対して、
「僕はこう思います」
「私はこうしたいです」
とはっきり言えるため、印象にも残りやすいものです。
しかし、自分を持っている子が、必ずしも目立つ子とは限りません。
普段はおとなしくても、先生から言われたことを自分なりに受け止め、粘り強く実践している子もいます。
教えている当時は気づかなかったものの、大人になってから「先生に教えてもらったことを、今でも覚えています」と話してくれた生徒もいました。
また、自分の子どもを連れてきて「今度は、この子を見てもらえませんか」と言ってくれたこともあります。
積極的に言葉や態度で示さなくても、先生のことを信頼し、教えられたことを自分の中で大切にしている子はいます。
だからこそ、先生は、目立つ子だけを見ていてはいけません。
おとなしい子ほど「見てもらえていない」と感じやすい

私が大手塾で教えていた頃、おとなしい双子の女の子たちを担当していたことがあります。
あるとき、その子たちのお母さまから「元気で目立つ子ばかり見て、うちの子たちはきちんと見てもらえていないのではないでしょうか」と言われました。
もちろん、私にはおろそかにしているつもりはありませんでした。
ただ、元気な子や自己主張の強い子は、自分からどんどん話しかけてきます。
質問もしますし、困ったことがあればすぐに伝えてきます。
一方、おとなしい子は、分からないことがあっても、なかなか自分から質問できません。
そのため、先生に悪気はなくても、目立つ子に関わる時間のほうが長くなってしまいます。
その出来事をきっかけに、私は質問されるのを待つだけではなく、こちらから自然に声をかけることを意識するようになりました。
特別扱いをするのではありません。
「最近どう?」
「ここは分かった?」
「何か困っていることはない?」
という、ほんの少しの会話です。
それだけでも、生徒は「先生は自分のことも見てくれている」と感じられます。
この安心感は、学習に向かううえでも非常に大切です。
真面目に勉強しているのに成績が伸びない理由

先ほどの双子の女の子たちは、決して勉強をさぼる子ではありませんでした。
言われたことは真面目にやり、覚えなければならないことも、きちんと覚えていました。
それでも、思うように成績が伸びませんでした。
その理由のひとつは、覚えたことを使って考えたり、自分の言葉で表現したりすることが苦手だったからだと思います。
つまり、インプットはできていても、アウトプットが十分にできていなかったんです。
ちなみに、この生徒たちは小学生の頃は、生徒数も少なかったこともあり、私と会話する機会が多くありました。
その頃は二人とも比較的積極的で、自分から話しかけてくることもありました。
しかし、中学生になり、生徒数の多い環境に変わると、周囲に圧倒されたのか、少しずつ発言や質問が減っていきました。
すると、勉強の面でも伸び悩むようになったのです。
もちろん、それだけが原因とは言い切れません。
ただ、自分から質問する、自分の考えを言葉にする、学んだことを使って答えを出すという行為には、共通する部分があります。
日常の中で自分を表現する機会が減ると、勉強でも知識を使って考える力が弱くなってしまう可能性があるのです。
今の子どもたちは「伝えたいけれど、言葉が出てこない」

現在の学校教育では、「知識・理解」だけでなく、「思考・判断・表現」が重視されています。
授業の中で発表したり、話し合ったり、自分の考えを書いたりする機会は、昔より増えています。
その意味では、今の子どもたちは、アウトプットを求められる環境にいます。
実際に、
「自分はこうしたい」
「こう考えている」
という思いを持っている子は、少なくありません。
しかし、いざそれを言葉にしようとすると、止まってしまいます。
考えていることがないわけではありません。
伝えたい気持ちもあります。
それでも、表現するための語彙や言葉の組み立て方が足りないため、相手にうまく伝えられないんですね。
文章を書くことも苦手ですし、口頭で説明することも得意ではありません。
また、人の話を聞いているように見えて、実際には十分に聞けていない子も増えています。
必要な説明の一部を聞き漏らしているため、本来なら「10」入るはずの知識が、最初から「6」や「7」しか入っていないこともあります。
これでは、考えたり表現したりする以前に、その材料が不足してしまいます。
大人が先回りして理解しすぎてはいけない

子どもがうまく説明できないとき、大人はつい「つまり、こういうことでしょう」と、先回りして理解してしまいます。
家庭では、親子の距離が近いため、子どもが「あれ」、「それ」と言うだけでも、親御さんには意味が分かることがあります。
忙しい毎日の中で、そのたびに説明をやり直させるのは大変です。
しかし、大人がいつも察してしまうと、子どもは自分の言葉で説明する必要がなくなります。
私は授業中、生徒が単語だけで答えたり「あれが、こうなって、それで……」と曖昧な説明をしたりしたときには「それでは伝わらないよ」と伝えます。
言いたいことが分かっていても、あえてすぐには理解したことにしません。
「何が、どうなったの?」
「“それ”とは、何のこと?」
「相手が初めて聞いても分かるように説明してみて」
と問い返します。
もちろんこれは、生徒を困らせるためではありません。
本人に「この言い方では伝わらないんだ」と気づいてもらうためです。
その気づきが、言葉を選び、説明を組み立てる力につながっていきます。
教えるよりも「自分で気づくまで待つ」

勉強でも同じことが言えます。
問題が解けない生徒に、
「ここは、この公式を使います」
「次は、この数字を当てはめます」
と教えれば、その場では答えを出せます。
しかし、先生がすべて説明してしまうと、生徒は自分で考えません。
そこで私は、最近は「教える」というより、「気づかせる」という意識を持つようにしています。
もちろん、必要な知識や考え方は伝えます。
ただし、その後は、できるだけ本人が答えを出すまで待ちます。
すぐに分からなくても、ヒントを少しずつ出しながら、自分で答えにたどり着かせるようにしています。
この方法は、一見すると、とても時間がかかります。
しかし、その時間の中で、生徒は自分の頭を使っています。
「ここが違うのかもしれない」
「この考え方なら解けるかもしれない」
と試行錯誤します。
この経験を積み重ねることで、誰かに答えを教えてもらわなくても、自分で考えられるようになります。
目の前の問題を早く終わらせることよりも、その後、自分で問題を解決できる力を育てることのほうが大切だと私は考えています。
「個性」と「わがまま」の違いは、軸があるかどうか

では、本題である「個性」と「わがまま」の違いは、どこにあるのでしょうか。
明確に定義するのは簡単ではありません。
子どものひとつの言動だけを見れば、個性的な子にも、わがままな部分はあります。
ただ、長年多くの子どもを見てきて感じるのは、自分の中に軸があるかどうかが、ひとつの大きな違いだということです。
例えば、自分で進学先を選んでおきながら、思いどおりの結果にならなかった途端に、
「やっぱり、その学校には行きたくない」
「別の学校がいい」
と言い出す子がいます。
もちろん、気持ちが変わること自体が悪いわけではありません。
新しい情報を得て、考えが変わることもあります。
しかし、自分で決めたことに責任を持たず、そのときの感情だけで希望を変え続けるのであれば、それは「自分を持っている」とは言いにくいでしょう。
反対に、言い方が激しかったり、大人に反論したりしても、その子の根本的な考えが一貫していることがあります。
「自分はこうしたい」
「そのために、これをやる」
という筋が通っている。
そして、言葉だけでなく、必要な行動もしている。
そのような自己主張は、わがままではなく、その子の個性だと思います。
つまり、個性とは、ただ好きなことを言うことではありません。
自分の考えを持ち、その考えにある程度の責任を持つことです。
自分の軸は、小さな継続から育っていく

最初から、自分で目標を決め、計画を立て、行動できる子ばかりではありません。
勉強が苦手な子の場合、まずは「先生に言われたことをやってみる」というところからのスタートでもいいと思います。
大切なのは、言われたことを一定期間続けることです。
すぐに結果が出なくても、続けていると、
「前より少し分かるようになった」
「一つの教科だけ点数が上がった」
「解けなかった問題が解けた」
という、小さな変化が表れます。
この手応えが、生徒の気持ちを変えます。
最初は先生に言われたからやっていただけでも、成果が見えると、
「もう少しやってみよう」
「次は自分でも考えてみよう」
という意欲が生まれます。
その積み重ねによって、少しずつ自分の軸ができていくんですね。
勉強が苦手な子が目に見えて変わるまでには、半年から1年ほどかかることもあります。
すぐに結果を求めて、方法を次々に変えてしまうと、かえって軸は育ちません。
ひとつのことを続け、できるようになった経験こそが、自分への信頼につながります。
自分を持つことは、将来の生き方にもつながる

自分を持っている子は、自分の考えを表現できるだけではありません。
自分は何が得意なのか。
何が苦手なのか。
どのような環境なら力を発揮できるのか。
そうしたことも、少しずつ理解できるようになります。
自己表現と自己理解は、深くつながっています。
自分の考えを言葉にしようとすることで「自分は本当はどう思っているのか」を考えるようになるからです。
自分への理解が深まれば、進学先や仕事を選ぶときにも、周囲に流されるだけではなく、自分なりの判断ができるようになります。
また、希望していた仕事ではなかったとしても、与えられた役割の中で、自分の力をどう生かせばよいかを考えられるようになります。
私は、勉強の目的は、単にテストの点数を上げることだけではないと思っています。
知識を取り入れ、自分で考え、それを言葉や行動で表現する。
そして、自分で決めたことを継続し、結果を受け止める。
その繰り返しを通じて、子どもたちは自分の軸を育てていきます。
子どもが自分の言葉を見つけるまで待つ

現代の子どもたちは、やらなければならないことが多く、文章をじっくり読んだり、人と深く関わったりする時間が減っています。
だからこそ、家庭や学校、塾の中で、意識的にインプットとアウトプットの機会をつくる必要があります。
短い時間でも文章を読む。
読んだことについて話す。
自分の考えを書く。
分からないことを質問する。
相手に伝わるように説明する。
このような小さな経験の積み重ねが、語彙力や思考力、表現力を育てます。
大人にできるのは、子どもの代わりに答えを出すことではありません。
子どもが自分で気づき、自分の言葉を見つけるまで、必要な声をかけながら待つことです。
その過程で育つものこそ、単なるわがままではない、本当の意味での「個性」なのだと思います。

